2017年6月21日水曜日

土佐の【さんぶん】は

*本日、生きた証*
 AM:運転と発電のオベンキョ
 PM:道の駅「木の香」でマターリ入浴
   夕:ありがたき講演会


ロンドンじゃないよ

どもども、たっちーです。

軽井沢ですか、別荘。
その場所も「別荘」なるもの自体も、スネちゃま始めボンボンやお嬢様のお家に限定、というイメージが強い。
そのため時折、夏休みに数日……なんて話を耳にすれば、「セレブ!」と極めて凡庸なリアクションをとってしまう私、紛れもなく庶民ですな。
憧れないといえば嘘になるかもしれませんが、しかし管理の大変さを考えたら、誰か連れってくれるような知人が一人いれば十分かも?

軽井沢といえば。
群馬県側から峠を越えてきた上昇気流により、1年の3分の1は街が白く包まれるほど霧が多いところとして知られています。

が、兼ねてからこのブログでも述べてきた通り、我らが窪川も中々の「霧の町」であります。

おはようさん

朝は特に出やすいようで、神戸を発ち、窪川駅前着の夜行バスから降り立った時もまた、数十メートル先が見えなんだ。
さすが窪川は「高知の軽井沢」なんて呼ばれただけあるよね! 
て、ほんとかよ!

そう思って調べてみると、ブロガーのイケダハヤト氏は「嶺北こそが土佐の軽井沢」と宣っているじゃない。

うーんまぁ、標高が高くて霧が多めなら、とりあえず良いんでないかね(ざっとしてる

隠れちゃった

もっとも、昨晩から嶺北地域の南東部にあたる・土佐町にお邪魔しているのだから、とりあえずこの目で確かめてみましょう。
とか思ったのだけれど、空梅雨を嘆いた甲斐もあってか昨晩から大雨が降り続き、山の上は霧だか雲だかもう訳わからんよね。

昼には一旦止んできましたが、谷川を覗けばどれほど多くの量の雨が降り注いだかがよくわかります。
昨日15時頃に案内していただいた時点だと、吉野川水系の瀬戸川渓谷は「この時期にしては水が少ないほう」とのことでしたけれど、一晩で大きく変化するから自然は侮れません。

うつくCC

今朝は轟々と水しぶきが上がっていた淵も、まだ雨が降り出す前はエメラルドグリーンが美しい穏やかなところ。

車道から見下ろすだけでも、河原を為すひとつひとつの岩が極めて巨大なことが目につきます。
少々急な遊歩道を水辺まで降りると、石は青みがかった平たいものが多いと気づき、聞けばこの色は吉野川水系の石の特徴だとか。

そして間も無く現れたのは、「アメゴが登ろうとするも引き返せない」ことが由来という”アメガエリの滝”。

神秘的なり

2段の滝が連なって落ちる澄んだ水は、さすが土佐の名水40選に選ばれるだけのことはありますね。
にしても車で行けばさほど離れていないのに、昨日訪れた仁淀川水系の「にこ渕」とは同じ滝壺でもずいぶん色味が違うから、また面白いもの。

ダダダDAM

さてそんな豊かな流れは、ただ単に美しい風景を生み出すだけではありません。
水の力を生かした技術といえば……

ふむふむ

発電ですねぇ。

日々お世話になっている「よんでん」こと四国電力さんは、高知県内に31もの水力発電所を構えているとのこと。
本日立ち寄った本川発電所はよんでんさんで最大出力を誇るも、少々特殊だそうです。

というのも電力に余裕のある夜間や休日に、原子力・火力発電所で作られた余剰電力を使って下の大橋ダム湖から水を汲み上げ、需要ピーク時は再び落とす動力によって発電するのだとか。

こっちも霧の里

すごい事考えるよなぁ、いや考えるだけでも十分すごいけれど、実際に形にしてしまうのがとんでもないというか……
ダム湖を前にするだけでもその規模に圧倒されるけれど、汲み上げる水が通るトンネルは直径6mって。

尚ここ土佐町では、本山町の境に位置する早明浦ダム(管理は独立行政法人水資源機構)が有名で、最近流行りのダム見学者も多いとか。
ちなみに四万十でダムというと、下津井(津賀ダム)や松葉川がお馴染みながら、調べて初めて知ったこと、それは皆がダムと呼ぶ「家地川」は実はダムじゃない点。

実は高さが15m以上のものをダムというため、高さ8mのこちらの正式名称は佐賀取水堰。 へえ。

土佐町と四万十町、どちらも水に生かされる【さんぶん】ながら、よく見れば相違点も多く比較するのも楽しいですな。

てんで本日の高知ことば【さんぶん】は【山奥のむら】という意味で使われる土佐弁です。
 例)うちは今、兄弟みんな高知に住みよるけど、じいばあは【さんぶん】で。

ほんじゃーに!

2017年6月20日火曜日

【さだつ】かな

*本日、生きた証*
 AM:大正地域振興局で事務作業
 PM:とさとさ探検隊

にぎわいブースター

どもども、たっちーです。

3匹ですか、子ぶた。
世の三人兄弟の皆様は、同じ家を作るにしても、長男は藁、次男は木の枝だったのに対して、三男はレンガで……という展開に共感するや否や。
末っ子長女としては微妙なところで、堅実さでは長男が一番だけれど、一番下は上が犯した過ちの繰り返しを回避する点は確かに頷けます。
いずれにしても、年が離れた下の子というのは大抵甘やかされ、割と勝手にちゃっかり育つものです。

子ぶたといえば。

小学校に上がるまでに住んでいた川崎の町には、「3びきのこぶた」や「ひょっこりひょうたん島」を代表作とする、歴史ある人形劇団があります。
1948年創立の「ひとみ座」は全国的にも有名で、(記憶に違いがなければ)幼稚園の行事の一環で公演を観に行きました。

いと行きたし

そんな思ひ出の劇団が、8月11日に窪川四万十会館にて公演を行うと知り、さっそくスケジュールにメモであります。
「弥次さん喜多さん トンちんカン珍道中」と聞くだけでも何だかワクワクしてしまう題目は、まんじゅうの大食い大会をきっかけに江戸を追われた弥次喜多の二人が、お伊勢参りへと向かう道すがらに繰り広げる騒動を描くそう。

敬愛する宮藤官九郎監督(しりあがり寿原作)の「真夜中の弥次さん喜多さん」で腹を抱えた身としては、縁を感じずにおれますまい。

そんな8月の行事までには第一陣を送り出したい、大正の新スイーツ開発大作戦は絶賛遂行中であります。

ざくざくと

試作の試作段階だから、いくら失敗してもかまんのよ! と自分をなだめつつ、あまり美味しくないのにもったいないからと捨てられないお菓子の山を見るのは中々気が滅入るものですね。 ぐすん。

続・スイーツ考

にしても、名物となるほどのスイーツとはそもそも何なのか?
先人に学ぶべく、という理由をこじつけながら単に自分が食べたいだけに、先週末での京都旅でも押しも押されぬ人気店へ偵察へ入りました。

向かったは、出町柳駅近くの和菓子屋「出町ふたば」さん。

京都内外にファンを持つ有名店で、前々から食べたい!! と熱望していたものの常に行列、私も毎度レンタサイクルで駆けつけた頃にはお目当ての品は売り切れていたのです。

昼前でこれよ 

しかししかし、奥さん、調べてみるものですよ。
実はその名物、5個以上であれば電話予約可で、並ばずに買えちゃうらしいってんで早速テルTELテレフォン。

昼前に着くと、そこには案の定の光景が広がっています。

そんな行列の間をさも「常連さん」な顔つきでひょいひょいかき分け、女将さんに「予約の者ですけどぉ」と伝えた時の快感といったら。 
あはは、人間がちっちゃいわ。

メイン以外も魅力的

お店の中でクルクル動き回るたくさんの店員さんの素早い手つき、まだかまだかと順番待ちをするお客さんの顔を眺めながら、念願の品をようやく手にした時の喜びといったらまた格別。

ふはは。

豆ゴロゴロ

即ち豆餅である。

程よい塩気でコシのある餅から、ゴロゴロと飛び出さんばかりの赤エンドウ豆、そして絶妙な甘さのこしあん……
シンプル極まりないのに、プロの技とこだわりが光る一品は、並んででも食べたいのは納得であります。

名物になるからには、訳がある。
大正の新スイーツも、やはり揺るがない軸、確固たるこだわりを持たせなければなりませんね。

感Do体験

揺るぐといえば。

翼を持たない人間の多くは、地面から足が離れて不安定な状態をあまり好みませんよね。
しかし(自分を含め)一部には、そんなドキドキを味わいたくて自ら手を出す人間がいるものです。

鎖やロープを掴んで降りなければならないような、足場が悪いところとか。

どっきどき

今日の場所は少なくとも、履きなれぬパンプスで来るようなところではない。
いや、わかってたら私だってスニーカーよ、さすがに。

正直、想像以上でしたし、しかも中々にぬかるんでいるもんで下まで行くか迷……

ったけれど、多少無理してでも降りた甲斐があったのは、

ぶぶぶぶるー

「仁淀ブルー」で名高い仁淀川の支流・枝川川の人気観光スポット「にこ渕」であります。
時間帯や太陽の光の角度、加減によって色合いが変化し、地元の方々にとっては水神の化身たる大蛇の棲家として神聖な場所で、現在のように町外から多くの人が訪れるようになったのはごく最近とのこと。

噂に違わず美しいブルーなのに、透き通って水底が見渡せる不思議な滝壺でした。
【さだつ】直前でこの色、快晴だとまた異なる色合いを楽しめるのでしょう。

てんで、本日の高知ことば【さだつ】は【にわか雨が降る】という意味で使われます。
 例)昼から【さだつ】ゆうき、その靴は辞めちょき。

ほんじゃーに。

2017年6月19日月曜日

何し【とう】?

*本日、生きた証*
 終日:死んだようなもの

嫌ね水不足

どもども、たっちーです。

実験ですか、理科。
小・中学校の授業、とりわけ理数系の科目で習った内容というのは見事に記憶から抜け落ちています。
けれど、不器用すぎてマッチをうまく使えずアルコールランプの扱いに困ったこととか、「手垢がついたら重さが変わるから」と天秤にピンセットで分銅を乗せたこととか、実験の一場面だけは妙に覚えているもの。
ただし、その結果から何を学んだのかは一切不明なのが、悲しいですね……

理科といえば。

中学1年の理科では、液体の性質を測るリトマス試験紙の色を「信号が青になったらアルカリ(歩かり)はじめる」と歩行者のポーズをとって教えてくださった先生の姿が唯一印象に残っています。

いただきものです

ピンクが青になったらアルカリ、青がピンクになったら酸性ってことですが、紫陽花については逆のようですね。
土の性質によってその色が変化するという花弁は、土が酸性だと青、中性に近づくと赤みを帯びてきて紫、アルカリ性だとピンクになるのだとか。

先日、町民講座へお越しくださった大正の方に「お近くを通ったら、にぎわい拠点へぜひお立ち寄りを!」とお伝えすると、さっそく紫陽花の鉢植えをプレゼントに来てくださいました。
あいにく、自分がいない時だったのですが……。

一方、先週末に訪れた京都・清水寺でも、ところどころその花を拝むことができました。

しゅーん

清水は酸性らしいですよ、奥さん(実用性ゼロの情報)。

けれど、今年は梅雨入り後もろくに雨の降らない日が続いているせいか、その花弁がどうにもしゅんとして元気がありませんね。
雨の日はとにかく憂鬱なので嫌ですが、夏場に水不足になってはもっと困るってんで、適度に土を濡らして欲しいものです。

何でも商売

憂鬱といえば。

人に飼われている動物たち、中でも大型の草食動物にはどこか物憂げな瞳をした子が多いように思うのは、私だけかしらん。

神の使いなのです

毎年1月7日に白馬奏覧神事が行われるという上賀茂神社には、「オスかつ白馬であること」を条件に選ばれた戦後7代目・神山号が憂いを帯びた表情で佇んでおられました。
その長く豊かな睫毛までもが白く、濡れたような真っ黒な瞳を覆っているから、あるいは以前は競走馬で騎手だったけれど、今は神馬として神様をその背に乗せている重荷もあるかしらん?

しかし今回、それ以上に気になったのは、彼のそばに置かれていたこちら。

やらなかったけどね

馬みくじ……
神社でこんな事を言うとアレですが、商魂逞しいというか、なんというか。

愛らしいし、実物(?)を前にすると有り難みもひとしおに感じられるためか、多くの参拝客が手を伸ばしています。
「にぎわい拠点でもカッパみくじでもやる?(儲けちゃおうよって!)」なんて考えるのは、罰当たりか否か。 でもきっと楽しいよね。

立ち上がれ

逞しいといえば。

神戸の夜の街で、1995年1月の阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けながら、逞しく商いを営むマスターに出会いました。

現地在住の友人に会うために三宮へ移動、ちびっこに癒されながら食事を終えて解散後、ファストフード店でブログを仕込み終えるも、帰りの夜行バスまでにはまだいくらか時間がある。

誘われましょ

たまにはオサレな酒場で決め込むってのもえいろ、てんで向かったのは駅西口から徒歩5分ほど、雑居ビル5階のジャズバー「グッドマン」さん。
といっても、ネットでさくっと検索して出てきたお店だったのでどうかな? と思いきや、これが大当たり。

扉の向こうに広がっていたのは、金曜にはライブが行われるというグランドピアノを囲うようなバーカウンター、そしてレコードから流れるジャズの音色。

この方はバイトさんだけど
あ、すき(早。

3組ほどの先客をもてなされていたマスターの隙を見て、こんな素敵空間をいかにして築かれたかなど気になるお話をうかがいます。
こちらの経営は40年の歴史があり、震災以前は別の場所で商売をされていたそうですが、店の入っていたビルは根本から倒壊、自宅もとても住める状態ではなく避難所暮らしを余儀なくされたといいます。

全てを失った被災直後はお店の再開などは到底考えらず、呆然とただ日をやり過ごしておられましたが、家族もいる身としてこのままではいけないと一念発起、今の場所で新たなスタートを切ったそう。

「神戸内外から色々なお客様が来るけど、基本は余計な詮索はしない、見ざる・言わざる・聞かざるというのがこういうバーの流儀だからね」と語るマスターの言葉は、重みが違いますね。

いただきます

こちらは聞かれもしないのに高知のこと、四万十のことを自慢しつつ、ジャズの流れるお店でひとり、ゆったりと時間を過ごす楽しみを改めて味わうことができました。

協力隊としての任期終了後、生業はジャズバーなんてのも……夢はあるけれど、センスはないでしょうね(白目)
「お前はすぐ思いつきで物を言う、ちゃんと将来のことを考え【とう】?」と聞かれたら、笑って誤魔化してしまうのは悪い癖です。

てんで本日は神戸ことば、【〜とう】あるいは【〜とん】は動詞につき、【〜している】の意味で使われます。
 例)今? 勉強し【とう】けど、電話ならええよー。
大阪では【〜るん】や【〜ねん】となるものですね。

ほんじゃーにん。

2017年6月18日日曜日

また【おいない】

*本日、生きた証*
 日中:上賀茂・下鴨めぐり
    錦市場で腹ごしらえ
  夜:三宮にてご無沙汰ごはん

liver? river!

どもども、たっちーです。

炭火焼ですか、串。
きいんと冷えたビールの喉ごしが堪らない夏の夜、併せて口にしたくなるものを上げるなら枝豆、そして焼き鳥でしょう。
居酒屋ではどれを頼もうかと毎度メニューとにらめっこをするのですが、定番のねぎま・ももに加え、皮、砂肝、ぼんじりあたりはまずおきたいところ。
焼肉のホルモンしかり、歯ごたえが一癖あるものは頬張るだけで幸せになる……なんて、大げさかしらん。

カワといえば。

町外および高知県外の人が「四万十町」と聞くと、まず思い浮かべるのは何をさしおいても四万十川ですよね。
「太平洋に面していて海があるし、愛媛との県境にもあって山もある、しかも南国土佐は真っ赤な嘘で冬は氷点下」なんてこともまず知られていないし、私だって以前は綺麗な川があるんだろうなという程度の認識でした。

しかしいざ移住してみると、地元の方々にとって綺麗な川は「あって当たり前」の存在。
それゆえに特別自慢にも思っていないし、本流(四万十川)は昔に比べて汚くなったから……とおっしゃる。

梼原川です
実際、梼原川や中津川、久保谷川といった支流に行くと、あまりの透明度に驚かされますから、確かに本流の水質は悪くなっているのかもしれません。

けれどそもそも私に植えつけられた「川」のイメージは、多摩川や鶴見川、大岡川のように、罰ゲームじゃなければ水に触れたくもないような深緑色の流れ。
だから現在の本流でも十分に感動できますし、都市部育ちの大多数の人はそうだと思うのです。

だからこそ、せめて今以上に悪化せぬよう今の四万十川の環境を守ることが大切であって、外から人を呼ぶ観光資源としての希少性・重要性も改めて見直される時なのかもしれません。

名所です

なんて考えたのは、京都は嵯峨嵐山の人気スポットである渡月橋から望む大堰川の景色を眺めていたとき。
(厳密には、橋より上流は保津川、下流は桂川と言うそう)

幅は広いけれど極めて浅く、石の河原や土手には広々としたスペースもあり、言うまでもなく四万十川とは大きく様相が異なりますから、観光に訪れた人々の時間の過ごし方も当然違います。
しかも沈下橋をすっかり見慣れてしまった身にとっては、 木製の欄干のある橋は逆に新鮮に感じたりもしましたし、生の「鵜飼い」も初めて見ました。

その後向かった、京都市内を流れる鴨川もまた、趣が違います。
これまでしてきた一人旅では、もっぱらレンタサイクルでの激走ロードだった川沿いの歩道も、お天気の良い休日には最高のお散歩コース。

養殖場です

何より、え? どっからわいてでたの? てな具合にカポーが鈴なりになっている様はもはや圧巻、いや滑稽ともいえます。
なお独り身の僻みとは言われても厭わない、しかしここまでカポーがカポーを呼ぶ河原なぞ余は他に知らぬ。

刺せばいいのさ

ええい、阿呆みたいに増殖する男女について綴っても何も面白くない、話を皮、いや焼き鳥に戻そうではないか。

焼き鳥の何がおつまみとして優れている点のひとつは、串に刺さっていることだと思われます。
ビールジョッキを片手に立ったままでも食べられる手軽さは、調理する際の効率性とどちらが先か分からないけれど、とにかくよく出来た食べ物です。

サクむちです

で、観光地でウケる食べ物の特徴として(ご当地食材は言うまでもなく)このように「串に刺さっている」ことが挙げられましょう。
つまり、荷物を持ったままでも食べ歩きが可能、というのはとにかくポイントが高く、ちょっと小腹を満たすのにつまもうかなと手が伸ばされるわけ。

嵐山で食べた抹茶の生麩のカツ然り。

サクふわです

同じく嵐山の、明太子たっぷりの魚のすり身を湯葉で包んで揚げたの然り。

プリほくです

錦市場商店街で食べた、卵入りのゆでダコ然り、ね。
大正で開発しようとしている塩麹の新スイーツも、とりあえず串に刺してみたらどうかしらん? なんてね。

歩けよ乙女(仮)

にしても、「食べ」ばっかりで「歩き」の方はどうなのよアンタ、というところですけれど、これでも案外歩いているのです(友人のiPhoneちゃん曰く、昨日は3万6千歩だそうで)。

高知ではすっかり(危険運転の)車生活なもので、足腰の弱りを痛感しつつも、元々歩くのが好きだったなと思い出しました。

ゴミが人のようです(違

雨女が珍しくお天気に恵まれ、清水寺を歩く頃には汗がじっとり。

参拝を終えて再びズンズン歩を進め、祇園で買い物をしたり鴨川でカポーを冷やかしながら、四条河原町の方へ抜ける頃には18時前。

迷い込みたい

かなり日が長くなっていることもあり、まだ点き始めたばかりの灯が映える暗さではなかったけれど、【どんつき】などなさそうな細い路地の誘惑といったら……

まさに「夜は短し歩けよ乙女」の世界観、京都の夜の魅力は一晩ではとても味わいつくせないということか。

てんで本日の京都ことば【どんつき】は【突き当たり】【袋小路】の意味で使われます。
 例)曲がるのはもう一つ先の丁字路よ、そこ入っても【どんつき】やわ。

京都に限らず、関西全域でよく使われるようですが、関東ではあまり馴染みがない……かな。

ほんじゃーに。

2017年6月17日土曜日

見い【ひん】とって

*本日、生きた証*
 AM:嵯峨・嵐山探検隊
 PM:舞台からは飛び降りない
     祇園ふらり
   夜:うまうま鉄板隊

転換しすぎの気分

どもども、たっちーです。

栄えてますか、駅ビル。
川崎に住んでいた子供の頃、ちょっとしたお出かけというと東京方面ではなく、横浜へ出ることがほとんどでした。
ただしあまり繁華街の方へは行かず、もっぱら駅ビルや、そごうや高島屋のような駅直結の百貨店が印象に残っています。
昨今はみなとみらい地区に人気で抜かれつつあることも受けてか、再開発が加速している横浜駅周辺、街の玄関口として盛り上がりを取り戻してほしいものです。

駅といえば。

外観のインパクトが強く、施設内容も充実している所としてパッと頭に浮かぶ駅ビルのひとつは、なんといっても……

MOMAにも褒められそう

京都でしょう。

ものすごく近代的、むしろ近未来的だと思っていたのに、原広司氏の設計によって建築されてから今年で20年と聞き、驚きです。

ピカピカのガラス張りの巨大な建造物は、古都・京都には一見似つかわしくないようにも感じられるかもしれません。
けれど一歩中に入ってみれば、中央コンコースの巨大なアトリウムは非常に開放的だし、折々のイベントの舞台になるという大階段や、空中散歩をしているようなエスカレーターや通路は普通に利用するだけでも面白い。

隈研吾氏による梼原町「雲の上のホテル」然り、建築家というものは、ただ建物や空間を設計するだけでなく、人の体験そのものをデザインするお仕事なのだとつくづく感じますね。

で、どうして唐突に京都の話かと言いますと。

清水寺にて
ドヤポーズ

来てしまったからです、唐突に。

但しこれといって特に京都である理由は皆無、友人との「何かとツイてないこと続きの本年をどげんかせんといかん会議」の結果、とりあえずパワーのありそうな所で運気を変えちゃおうよ! という勢い任せの旅でございます。
(なお間違っても「息抜き」とか「羽伸ばし」なんて言えません、私の場合は普段から抜きすぎ、伸ばしすぎという自覚があるから)

とにかく、2017年も一瞬にして上半期が過ぎてしまったことに衝撃を受け、しかるのち危機感を覚え、半ば衝動的に飛び出したってわけです。

それなりに考える

危機感を覚えているなら、遊んでる場合かーい! と思われるかも知れませんが、闇雲に観光している訳ではないのです。

何せこのところ、県外に出ると「四万十では…」「高知だと…」と半ば無意識的におらが町と比較する癖がついているもので。

例えば、コーディネーターを務める窪川高校の授業「しまんと未来編集会議」では窪川駅前の再開発計画をテーマにしたこともあって、駅舎ひとつをとっても自然と考察の対象になります。
(先ほどの京都駅はスケールが別次元ですけれど)

ちょっとした工夫で

夜行バスで到着し、JRで向かった「嵯峨嵐山駅」は内装・外装ともに和の趣で街並みによく馴染んでいました。
とりわけ印象に残ったのは、改札を出てすぐの広間の上部にあったガラス細工で、案外地味なところだったり。

窪川駅にしたって、隣接する役場の庁舎同様に特産の木材を生かした風合いになれば、駅そのものが名所になるでしょう。
むろん現実的には、全面改装は難しいはず、けれどこのガラスのような小さな工夫が、利用する人の体験を新たにデザインする可能性も大いにあるということね。

各国からお客さん

嵐山の一大観光スポットである「竹林の小径」だって、要は景観的に整備されているか否か(と恐らく市街地から近いか)が異なるだけで、素材としての竹なんて高知にも腐るほどあるわけです。 
もちろん、嵯峨嵐山にお客さんが途絶えないのには「京都」という強力な世界的ブランがあるに違いないけれど、「四万十」だってそれこそ全国ブランド。

また、放っておくと竹だらけになってしまうってんで、土地を持っている方々共通の春先の悩み「半エンドレス竹の子堀り」問題だって、都市部の人間からすれば物珍しい体験メニューになるはず。

どでーん

「京都=宇治茶」のようなイメージ戦略にまんまとのせることができれば、観光客は「食べる」という体験のために結構なお金を落としていくのですよね。
もっとも、とりまく環境や歴史の異なる地域を単純に比較することはでき【ひん】のですが、「対比」は物事を考えるひとつのヒントになると思います。

てんで、本日は京都ことば【〜ひん】は、主に上一段活用(活用する直前がイ段)の動詞の後について【〜ない】と否定の意味を表します。
 例)もうこの服は着い【ひん】から、思い切って捨てますわ。

ただし、上一段ではない「来る」も「来いひん」になることがあるそう。

ほんじゃーに。

2017年6月16日金曜日

もう【なかしい】わ

*本日、生きた証* 
 朝:うっかり八兵衛
 日中:引き続き、ものづくりの神が憑依
 夜:脱藩

続けてゆきたひ

どもども、たっちーです。

登ってますか、富士山。
日本語教育の現場をうろうろしていた時分よく耳にした、学習者(主に外国人)と先生方が共有する人気(?)の話題の一つに「富士登山」がありました。
日本といえばFUJI! しかも東京からアクセス良いやんけ! からか、アウトドアが趣味の人や長期滞在者に限らず挑戦する人たちが多いなぁと思っていたら、外国人だけでなく就職・進学で関東に来た地方出身者もこぞって登っている。
ここ四万十町でも昨年から有志が集って登山ツアーを敢行しているとのこと。

皆、えらいねえ。

と、あえて言うまでもなく関心の薄い私だけれど、先日の町民講座の懇親会でもお声がけいただき、ウフフと笑っておきました。

いつも取り上げていただいてます

「中南米に見るもう一つの四万十」と題し、1950〜60年代を主として、四万十町や高知県から地球の反対側まで海を渡った人たちのことを知ろう、という企画。
四万十町からは300人近くが移住し、コーヒーなどのプランテーションに従事しましたが、環境の厳しさから引き揚げた方も多くおられたそう。

この日は、ゲストスピーカーとしてお招きしていたパラグアイ高知県人会長・山脇氏(スーパー元気な御年82歳!)だけでなく、聴講側にも移住を経験された方々に複数お来しいただきました。
中には、物心つかぬうちに家族と共にパラグアイへ行かれたという方が「この(会場に展示された写真資料)渡航船に乗りました」といった生のお声を聞くと、実行委員会側ながら「歴史が今に繋がった」ことを実感したりしました。

便利な紙芝居

経験者や現地の日系人の方から直接お話をうかがうのに勝ることはないながら、この学びや史実と現在の連続性の感覚を、この場に来られなかった人たちへどうにかして伝えたい……

てんで会場展示資料の一部である、移民をテーマにした紙芝居を複製させていただき、田野々小学校でのボランティア活動にて、6年生に読み語りをしました。
興味を持って聞いてくれた子もいれば、ピンと来ない顔をした子もいたけれど、少しでも記憶に残ったら良いですな。

はや弱音

こうした草の根的な活動はぜひ続けていきたいし、仕掛ける側としてもやりがいを感じられるけれど、何事も「続ける」ということ、ましてその道を極めるのは大変なことです。

このブログだって確かに仕事の一部ではあるけれど、プロのブロガーを目指している訳ではないという、どこか気楽さがあるからこそ続けられているのかもしれません。

おたおめです

大正でも、41年間に渡って「お店を続ける」ことをしてきたママがいます。
林業や建設業が盛んだった頃にはどこへ行っても満席だったというスナックやパブの数々も、今や大正の街中で営業しているのは、ここ「チャップリン」を含めてわずか2軒だけ。

いつも柔らかな笑顔でお客さんをもてなし、地域の方々から愛されるママが昨日83歳の誕生日を迎えられたということで、お祝いをしてきました。

周りがひとつ、またひとつとお店が畳まれていくなかで、灯りを灯し続けるのは困難も多くあったでしょう。
そんな苦労は微塵も見せず、ご自身も年を重ねて体の不調を抱えながらも、笑顔でお店を営み「続ける」ママを尊敬であります。

つまるところ、何が言いたいかって?

いやぁ、昨日から引き続いて、取り憑かれたように新スイーツの「試作の試作」を重ねていた本日。
日がな一日、駅前にぎわい拠点で測り、混ぜ、焼く……の作業を繰り返す、作業そのものは楽しいのです。

まだ作るのだよ

もちろん、出来栄えは全然ですけれど、昨日失敗したところをちょっと改善すると変わったり、半ば理科の実験の如し。

けれどね、、、
必然的についてくる「試食」というプロセスの継続がとにかくしんどかったんです。
作ったものはどれも甘さは大したことないのだけれど、何せ粉もんばかりだったもので気づけばお腹が張っている。
そして、我がカロリーメーターは明らかに針が飛んでいる……想像するだけでぞっとして、【なかしい】気持ちになりましたとさ。

てんで本日の高知ことば【なかしい】は【泣きたいほど】の状態を指す幡多弁です。

例)あんまり肌荒れがひどいけん、【なかしい】ほどしんどかった。

プロってすげえや! 
ほんじゃーに。

2017年6月15日木曜日

ぐわし?【くわし】!

*本日、生きた証*
 AM:打井川にて塩麹作戦会議
 PM:続・あるある実験隊
   夜:はっぴーばぁすでぃ!

はじめましての

どもども、たっちーです。

皆兄弟ですか、人類。
ブログ冒頭の問いかけとしては些か意味深すぎる感じもしますが、各国で相次ぐテロや大規模火災など、最近の世の中があまりにざわついているため投げかけずにいられませんか。
宗教戦争なぞその最もたる形ですが、それぞれが”自分たち”の幸せを追求した結果衝突し、憎悪の連鎖が生まれてしまう。
誰もが”自分たち”の枠を人類全体にまで広げられたなら良いものを、どこかで線を引いてこちら側は身内、向こうは他人にしてしまう……うーむ、難しい。

他人といえば。

海洋堂ホビー館・かっぱ館で知られる大正は打井川集落に、「たにんごや」という食堂兼直販所があります。

そういうセンターなのよ

平成18年に打井川小学校が児童数減少のため休校となり、地域のにぎわいが衰退してしまう……と地区会の皆さんが活性化のために立ち上がり、平成22年に県の補助金を活用して整備され、ホビー館のお客さんを主な対象として食事の提供や地元のクラフトなどの販売をしてきました。

近くに飲食店がなかったうえ、素揚げの野菜がごろっと入った「すっぴんカレー」や一人前に仕立てられた「たにんご皿鉢」などのオリジナルメニューが人気を博したそうですが、2014年から人手不足のためやむなく休業に。

工芸品もあるんよ

しかし、せっかく観光のお客さんは来続けているのに、このままじゃいかんろ!
てんで昨年から土日限定で営業を再開、今年のGWには屋台も出展して行列もできたそう。

当然、私もその存在を知ってこそいたものの、実はまだ現場(?)を訪れたことがなかったのですよね。
今日は、運営を担うおかみさんたちが今後の仕出しについて打合せをするというのでお邪魔しました。

GO相談です

ちなみに「たにんごや」は「他人小屋」かと思いきや、「谷小屋」らしいですよ(え、勘違いしたの私だけ?)。

さて、どうして「他人」の自分が、急におかみさんたちの会議に首をつっこんだかといいますと……

いただきます

そりゃあ、おやつとコーヒーをいただくために決まってるでしょう。

なんて、私が言うとあまり冗談に聞こえないからよろしくないわ。
実際はいたって真面目なお話で、ざっくり言えば新しいご当地スイーツ開発のご相談です。

前々から、セルフのコーヒーを提供していたにぎわい拠点で、お客さんたちのおやつになるようなちょっとしたお菓子があったら良いなと思っていたのですが、何せ設備が無かった。
が、先日「たにんごや」には菓子製造の免許があると聞き、こりゃお願いするっきゃない! と善は急げでお伺いした次第。
 
にぎわい拠点にもオーブンレンジは
実はある

開発にあたり、絶対に使いたい食材として提示させていただいたのは、大正活性化協議会・食部会特製の「塩麹」。
我らが「無手無冠」酒造の酒こうじ米と、「山塩小僧」で知られる森澤さん(上岡集落)の完全天日塩を約一ヶ月かけて発酵させた液状のもので、無手無冠の酒販部や須藤鮮魚店さんにて販売されています。

いくつか参考になりそうなレシピをプリントしてお持ちしたところ、有り難いことに「スイーツはやりたいと思ってたの!」と皆さん好反応、さっそく月末に試作会の日取りを決めていただきました。

わくわく。

しくしく

と、レシピを持って行ったはいいものの、自分が試したこともないものをいきなりやってもらうのはどうかしらん。

そう思い、にぎわい拠点にて午後はごそごそ、試作会に向けたプレ試作会(なんのこっちゃ)に一人挑んだのであります。
料理はあれだけど、実家にいる時はお菓子作りに凝ったこともあったのだ……

が…

ががががが

コレじゃない感

とり憑かれたかと思うほど、一心不乱に4種類ほどのレシピを試してみたのですが、どうにも集中力がいつも以上に欠如していたのか、ありとあらゆるヘマをぶちかまし、抑えきれない敗北感。

素材はいいはずなのに。

のに!!!

そら、初めからうまくいったらプロがいらん、と頭はではわかりつつ、こんなの【くわし】というのもおこがましいわ!!!

てんで本日の高知ことば【くわし】は【菓子】という意味で使われる幡多弁です(なまり、ぐらいのものね)。
 例)【くわし】ばっか食っちょると、豚になるぞ。

溢れ出る悔しさを噛みしめながら、半ば自棄になって片付けをしていたら、流しの棚の角に腰を強打し、涙まで溢れてたので今日はもう、お開き。

ほんじゃーに。ぐすん。

2017年6月14日水曜日

【もま】がおる

*本日、生きた証*
 日中:檮原にてフィールドワーク
  夜:あるある実験隊

ちいさきものは

どもども、たっちーです。

ディップですか、味噌。
我が常備軍・キャベツに加え、最近はトマトやキュウリといった夏野菜をおすそわけいただく機会が増えました。
(調理技術が残念だから、という点を差し引いても)新鮮な野菜は生のままかじるのが最も素材の良さを実感できる気がします。
何もつけないのはもちろん、ちょっと塩や味噌をつけて味に変化をつけると尚楽しく、最近は鹿児島特産の豚味噌がベストヒットです。

新鮮といえば。

これまでの人生、しばしば観光農園や農業体験で畑に足を踏み入れたことはあれど、農産物は小売店に並んでいるものを見るのが主でした。
ゆえに、日々食べているものがどのような形で生っているかを直に見られるというのは、精神的にも新鮮な訳で。

黄色い子

さすがの私もトマトの苗は見慣れているけれど、ブルーベリーって膝ぐらいの高さの木でも実が生るんだなぁとか。

三木プルーンではない

ぷっちりと丸い、小さな粒が愛らしい。

ちなみに植物に限らず、『小さい』というのは可愛らしさを演出する重要な要素であります。
なお、私に可愛いげがない要因のひとつは図体の大きさにあると思うの(苦しい言い訳)

すなわち動物も然り。

ぶれた。。。

昨晩、ボサボサ髪をそろそろどげんかせんといかんとお邪魔した、行列のできる六反地の美容室で新入り看板娘に出会いました。
ぴよんぴよん跳ね回って、こちらの指を甘噛みしながらじゃれていたかと思えば、ちょっと撫でるとふにゃっと眠ってしまう、手のひらサイズ。

ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうな、儚いおもちゃ、間違いなく天使。

ここ数日、ニュースは上野動物園の子パンダ誕生の話題で持ちきりのように、人間でも動物でも赤ちゃんというのはただ「そこに生きている」存在そのものが癒しなのです。

言うまでもなくメロメロ、うっかりポケットに入れて誘拐するところでしたよ。

続・癒し

癒しといいますと、須崎西ICから下道で高知市へと向かう国道56号線沿いに、ごみ焼却処理の熱を利用したプールやサウナ、トレーニングルームなどの複合型健康施設が現れます。
その名も「いやっし~土佐」。
しかし、どうしても「癒し」でなく「いやしい(卑しい)」に変換されてしまう私の頭は不純なのか。

とまぁ、そんなことはどうでも良く、四万十町・大正は中津川経由でお隣・梼原町へと抜けてすぐの松原地区に、知る人ぞ知る癒しスポットがあります。

いざなわれませう

「久保谷セラピーロード」・・・うーむ、名前からして全力で癒しにかかってくるではないか。
その存在は知ってこそいたものの、ゆっくり訪れる機会がなかったのですが、本日は協力隊がオブザーバーとして参加している「四万十川すみずみツーリズム」(四万十川流域の民宿や観光施設・飲食店を市町横断的に楽しんじゃおう、という旅を提案する協議会)の連絡会兼勉強会の一環としてツアーに参加してきました。

ちゅうて、そもそもセラピーロードって何なん? といいますと、「フィールド生理心理実験に基づき、専門家による科学的効果の検証がなされて認定された散策路」のことだそう(森林セラピーソサエティHPより)。
要は、その癒し効果が科学的にお墨付きのお散歩コース、ですかね。



地元の区長さんのご案内のもと、いざ森の中へ。
なお一般の方は、事前予約をすれば1回1000円(5名まで)でガイドをお願いすることができるそう。

マイナスいおーん

全国に62あるという森林セラピー基地のうち、このセラピーロードの特徴は、アユやアマゴの姿を高いところからでも確認できる圧倒的な透明度の久保谷川と、約90年前に作られたという美しい農業用水路沿いに整備されていること。
平成18年に認定されて以降、森林環境税や補助金などを活用しながら地元のボランティアの皆さんが間伐や清掃、危険な岩や木の撤去といった整備を続けてこられたといいます。

って、セラピーなんて仰々しい名前つけるほどなの? と思う貴方、いや私も正直甘く見てました。

実際のところは行けば分かる、いや行ってほしい、ていうか行ってください。 以上。

などと言えば、レポートでも何でもないやんけ、と言われればそれまでなのですが、この感覚は行かないとわからないのですよ。
例え、私の撮影技術とカメラの質が爆上げされたとしても、写真じゃ伝わりきらない「気」とか「オーラ」のレベルでしょうか。

トーメー感

澄んだ水、川のせせらぎ、野鳥の鳴き声、木漏れ日、様々な植物の緑、沢の近くのひんやりとした空気……
癒し要素がこれでもか! というぐらいぎゅっと濃縮されており、地元の方々がとにかくここを守りたい、と頑張られるのも納得です。

用水路の歴史から初めて知る種類の草花のこと、不思議な形に伸びた木々のことなど、ガイドさんならではの解説に皆ふむふむと頷きながら全長3kmのコースを歩き切ります。
のんびり、ゆったりと進んできたせいか、スタートから2時間も経っていたことに驚き。
何せ、それほど歩き続けた気がしないのです。

疲れどころか、むしろ体の内からじんわり力が湧いてくるような感覚で、まさにこれぞパワースポットでしょうな。
四万十町の方にはもちろん、県外の友人・知人をぜひ連れてきたい場所が、また一つ増えました。

1.5km地点のめじるし

地元の方々による手作り看板にもほっこりできますよ。

ちなみにロード沿いには猿がちょくちょく現れるようですが、運が良ければ【もま】の姿も見れる……かな?

てんで、本日の高知ことば【もま】は、【ムササビ】を指す土佐弁です。
 例) ゆんべ、神社の前通ったら【もま】が飛んじょったで~
なおムササビは空飛ぶ座布団、似ていると言われるモモンガは空飛ぶハンカチなんて呼ばれます。
サイズはもちろんですが、座布団とハンカチだとかなり格差を感じるのは、私だけ?

ほんじゃーに!